原文

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私の芭蕉布研究The Origins of Banana-fibre Cloth in the Ryukyus, Japan .2007)と直接関連する原文資料を紹介します。

中国の文献資料。中国の詩人の左思著(西暦252年-307年頃)。「蕉葛」についての記述がある。引用:「蕉葛升越,弱於羅紈。」(コマ番号7/60:右頁の左下参照)

南方草木状(304?)

中国の最南辺の熱帯植物を記述している中国最古の植物誌(上中下巻)。嵇含(263-307)編。「巻之上」で最初に紹介されている草木は「甘蕉」である。(日本版:平住専安訓点(寳文堂、1726)〔早稲田大学文化資源データベースPDF 8頁)

中国の文献資料。巻第10(山田蘿谷 訳)には「芭蕉」の項(24-25/62頁)がある。(論文The Origins of Banana-fibre Cloth in the Ryukyus, Japanの中での引用:「其茎如芋取蕉而煮之則如絲可紡績交阯葛」)

中国・唐初の類書(100巻)。欧陽詢、令狐徳ふんらの編。第2冊第87巻(果部下)に載っている「芭蕉」の項に(糸芭蕉の皮を)「灰汁で精練する」とある。(The Origins of Banana-fibre Cloth in the Ryukyus, Japanでの引用:「取其闔,以灰練之,績以為綵。」)

中国の文献資料。(巻81列傳第46「東夷伝」)に「流求國」の項がある。

中国・唐代の地理書(全40巻)の第34巻には、「嶺南道」「廣州」「潮州」「康州」「封州」(現代の広東省)の住民が当時(ここ=開元代(8世紀前半)の支配階級 へ「貢賦」として「蕉布」や「細蕉布」などを納めていた記録がある。(早稲田大学文化資源データベース > 古典籍総合データベース > ru05_00136_0007.pdf > PdF の 79, 86, 88, 89頁

中国の文献資料。第975巻(果部十二)の「甘蕉」の項の4番に「《南州異物志》日:(中略)其莖如芋,取以灰練之,可以紡績。」とある。(当時にその植物の茎を灰で精練してから糸にして織っていたという証拠になる)

中国の文献資料。卷之一百五(105)の「琉球國」の項に「生熟夏布」、巻之一百十(110)に「生熟絹」の記述がある。(「私の芭蕉布研究」の第2部第2章で「生熟夏布」についての節を参照)

朝鮮の文献資料。「明宗実録 第3巻」には、琉球に漂着した朝鮮人の記録があり、その中に「 有草如芭蕉大者, 如棟柱, 刈之去外皮, 取內皮爲三等布, 以皮之, 內外而布之, 麤細異焉。 其最內者, 極爲細潤, 色潔如雪, 姸密無比。 女服之好者, 以此爲最云。」とある。(「私の芭蕉布研究」の第2部第2章第1節を参照)

中国の文献資料。王世懋(1536-1588)著。中国南部・福建の泉州と漳州で「蕉布」が織られていたという記録がある。(引用:「美人蕉,福州為多,而無蕉實。泉、漳間始家樹大蕉。小曰芽蕉,皆能實。實後斫而絲之,是為蕉布。」)(「私の芭蕉布研究」の第3部〔作成中〕と直接関連する)

中国の文献資料。第二巻「夏服」に「芭蕉」の「皮」を使って衣にするという記録がある。

中国の文献資料。『巻27 草語』の「2 芭蕉」の項に「布蕉多種山間,其土瘠石多則絲堅韌,土肥則多實而絲脆,不堪為布。諺曰:「衣蕉宜瘠,食蕉宜肥。肥宜蕉子,瘠宜蕉絲。」」とある。布にできる糸芭蕉は西暦17世紀の中国では「布蕉」または「衣蕉」などと呼ばれていた。

1711年、琉球王府に編纂された琉球方言の辞典であり、例えば、「あふばせをむしょ」(青芭蕉御衣)とある。(リンクの16ページの右から9番目の記述)

著者:新井白石(1657-1725)。下巻の「食貨 第九」に「芭蕉」「蕉布」がある。(上記のタイトル『南島志』にクリックすると、「琉球・沖縄関係貴重資料デジタルアーカイブ」の『南島志 全』の42ページ〔左のページ〕、又は早稲田大学図書館『南島志 上,下巻』(江戸:山城屋佐兵衛, 嘉永6[1853] 出版)PDFの41ページ〔右のページ〕)

著者:中国・清の徐葆光。琉球大学デジタルアーカイブの伊波普猷文庫の『中山伝信録 巻2』に「項物」の項(48-49頁)、『中山伝信録 巻5』に「蕉布蕉葛」という記述「(17頁)、『中山伝信録 巻6』に「織具」の項(18-19頁)、「物産」の項(29-30頁)がある。

1710年の江戸上りの内容を描いている史料。琉球政府から江戸幕府への贈り物の中に芭蕉布の記述がしばしば見られる。(琉球大学デジタルアーカイブの仲原善忠文庫の「琉球人大行列記」:22~24ページ目)

戸部良煕著。琉球大学デジタルアーカイブの『大島筆記』(上)の写本に「芭蕉」(PDF41頁)の記述がある。

森島中良(1754-1810)著。「貢物」の項に「芭蕉布」の記述がある。(早稲田大学図書館、仲原善忠文庫、PDFの44頁)

旧オランダ語での雑誌『バタヴィア学芸協会論叢』〔和訳〕第12巻 (18) の「MUSACEAE」〔バショウ科〕の項にシーボルト(Philipp Franz von Siebold)著の「103 Musa basjoo」の記事(ラテン語)がある。ただし、シーボルトは琉球の糸芭蕉を観賞用 の「Musa basjoo」(この種類は現在Musa japonicaという)を名づけた。

琉球使節を紹介する版本である。清及び日本へ「献貢の方物」として苧布、芭蕉布、土綿などが挙げられているとある19ページ)。

名越左源太(1819-1881)著。奄美博物館所蔵資料「南島雑話」(電子ミュージアム奄美 )の画像スライドショー(下)6頁に「芭蕉製スル図」(2行目4番目の図)がある。

名越左源太(1819-1881)著。奄美博物館所蔵資料「南島雑話」(電子ミュージアム奄美 )の画像スライドショー(下)3頁に芭蕉布の糸作りを表す図がある。

「附録(風土民物)第四節 産業」に載っている「主要工産物総額表」に当時(1901年)の沖縄県の(芭蕉布を含む)織物の生産量が取り上げられている。(「附録:産業」172-173頁

小野武夫編。『近世地方経済史料』「第二巻 農業制度の一(農政)」に「芭蕉苧」の記述がある。(69, 84, 86, 89, 91, 94頁参照)