私の芭蕉布研究(つづき)

本芭蕉布研究の目的

 私の芭蕉布研究は、芭蕉布織りのルーツ(起源)を含めた、琉球列島における芭蕉布の歴史への好奇心から始まったものである。芭蕉布は、日本・沖縄の「重要無形文化財」として価値が注目されている一方で、芭蕉布織りの歴史的な流れは明確にされていないままである。芭蕉布の歴史に関する既存の研究は、間違いなく私の芭蕉布研究にとって様々な重要なヒントを与えてくれている。しかし、20世紀の1970年代頃までの芭蕉布に関する記事の殆どは歴史に関しては極めて短く曖昧であるのに対して、21世紀のものは特定の視点から見た芭蕉布の歴史の一面を絞っている。ここでは、それらの記事から得られた手がかりと、自分自身の見つけた史料・資料、そして自分の調査研究から生まれた視点を組み合わせて、琉球列島における芭蕉布の歴史の全体像をまとめてみようとする。

 本芭蕉布研究では、一次資料と二次資料を系統的に検討し、「何故」「どの様にして」芭蕉布が琉球人の社会に溶け込んできたのかを明らかにしたい。つまり、芭蕉布は、何故、どの様にいわゆる「沖縄の文化的アイデンティティ」を代表する物となったのかという疑問を説きたい。要するに、琉球列島の芭蕉布の起源をはじめ、時空を超えて歴史を通して芭蕉布を追求することにより、琉球列島における芭蕉布の歴史の全体像を把握しようとするものである。

 上記の事を検証するために、次のような3つの疑問を中心に考え出来る限り説くように目指したい。

第一の疑問は、琉球列島に見られる芭蕉布の起源に関する事である。この疑問は、原料となる「糸芭蕉」(植物)の起源と、「芭蕉布織り」(芭蕉糸作りと織る技術)の起源という2つの部分がある。

第二の疑問は、芭蕉布とは、歴史を通してどの様な存在だったのかという事である。どの様に芭蕉布織りが琉球列島で広がったかという事である。苧麻という素材が琉球列島に古くから存在していたのに、なぜ芭蕉布の発展も必要であったのかという疑問も本芭蕉布研究に含んでいる。

の疑問は、芭蕉布の物理的な特徴、今日どの様に使われているか、沖縄、日本本土、海外の人々が芭蕉布にどのような文化的、社会的な意味を持たせているかに関する課題である。

本芭蕉布研究の方法

 物質文化に関する研究は、理想的には、物的証拠をはじめ、その物と関連する技術的な証拠に基礎を置かなければならない。しかし、布の場合は根本的には長持ちしないため、過去の布の物理的・技術的要素は証明しづらい。本芭蕉布研究では、歴史学、植物学、民俗学、語彙論(言語学)など、多方面の分野を併せた様々な見地から芭蕉布を検討する。

 文献調査は、糸芭蕉及び芭蕉布織りが直接、または間接的に関係のある一次資料を分析する事から始まった。本研究に使用された一次資料は、歴史資料をはじめ、過去の公文書や前世紀の外国からの訪問者の記録、絵図、絵画、写真、保存されている布や衣料等から成る。なお、琉球列島の芭蕉布の起源に関する疑問を解明するには、適切な一次資料が十分にないため、琉球・沖縄以外(日本本土、中国、西洋を含む)一次資料や二次資料も、可能な限り情報源として用いて、東南アジア諸国や中国南部で織られていたバショウ科の他の繊維とその織り方を検討し、琉球芭蕉布に関する研究を行った。琉球列島の芭蕉布と、琉球列島以外の地域のバショウ科の繊維で織られた布との比較を通して、両者の関係をはじめ、琉球芭蕉布織りの起源についての既成説の根拠を検討する事が可能となった。また、素材である糸芭蕉とその起源についても詳細に検討する必要があったので、東アジア・東南アジアにおけるバショウ科の植物の分布に関する、当時(2005年末まで)の最新の科学研究を参考にし、亜熱帯性植物に関する調査研究に詳しい花城良廣(現在、沖縄美ら島財団理事長)に糸芭蕉の原産地について訪ねた事があり、自分の芭蕉布研究に貴重な情報を得た。

 現地調査と糸作り・織り・染色の実技体験を通じた参加観察法により、芭蕉布製作工程のとき使われている、歴史的・地理的な場面によって異なってきた技法や道具という、芭蕉布織りのある側面に対する理解を深める事ができた。また、芭蕉布織りや染色の技法の解釈には、現地で執ったメモや技術的体験を基に使った。琉球列島での現地調査の自分の最大の目的は、できるだけ多くの現役と非現役の芭蕉布の織手にインタビューを行い、彼女ら自身の芭蕉布や糸芭蕉に対する知識や評価を知る事であった。芭蕉布織りの体験をしていない地元の年輩の方々へのインタビューも可能な限り実施し、それで特に芭蕉布の特殊な用途に関する情報を得る事ができた。殆どのインタビューや訪問は私一人で行ったが、私の、琉球語に関する知識は理論的のみなので、質問やコメントはすべて標準日本語で行われたが、高齢者(特に85歳以上の方々)とコミュニケーションを取る場合には、通訳をしてくれるその家族のもっと若い方か友人の協力を得た。

現地調査の内容と範囲、技術体験

 芭蕉布研究を集中的に行ったのは2000年4月から2005年末までの期間である。沖縄本島を拠点として、そこから沖縄県内の離島や奄美諸島を訪ねた。2001年11月・12月、2002年5月の計5週間、八重山諸島で過ごし、石垣島、竹富島、西表島、小浜島、波照間島、与那国島を(場合により複数回)訪問した。八重山へ行くためには、石垣島への夜行船に乗り、途中で宮古島の平良港に4時間ほど寄港するので、宮古上布(優れた苧麻の布)を生産する宮古織物事業協同組合を3回訪問する事ができた。これを機に、宮古事業協同組合の職員の方々と宮古島での昔と現在の芭蕉布織りについて話し合う事ができた。そこで、現在の宮古島でもう現役の芭蕉布の織手がいない事を聞いたので、私は組合以外に宮古島内で現地調査をした事はない。奄美大島へは2回(2001年8月と2003年4月)、合計12日間、与論島へは1回(2005年3月の3日間)行った。琉球列島外では、ドイツ・ベルリンのEthnologisches Museum Berlin(民族学博物館)とオランダ・ライデンのRijksmuseum Volkenkunde (国立民族学博物館)の収蔵庫で保管されている、19世紀の優れている芭蕉布などの沖縄織物の実物資料(一次資料)を調査・撮影する事ができた。残りの期間は主に沖縄本島で過ごし、沖縄染織研究会、沖縄民俗学会、その他、直接的か間接的に芭蕉布と関連していた沖縄の伝統的な祭りや公開行事に参加したり、各地域の博物館や展示会を訪れたり、琉球大学附属図書館を大いに活用したりした。

 機織りに関する実技経験は、2000年4月から2001年3月までの、琉球大学教育学部の美術工芸科で片岡淳先生から機織りの基礎を学んだ事から始まった。2000年4月に沖縄に着いた間も無く、沖縄県立芸術大学の2年と3年生を対象とした2週間の芭蕉布織りのセミナーに参加する機会があり、セミナーは、芭蕉布の製造工程の、植物である糸芭蕉という原料段階からの芭蕉糸作りからスタートした。講師は、芭蕉布を織る平良敏子先生(現、重要無形文化財保持者=人間国宝)とそのお嫁さんの平良美恵子氏であった。その際、初めて、手間のかかる芭蕉糸づくりの大変さを実感した。また、そのゼミの時、私は平良美恵子氏の招待により「大宜味村立芭蕉布会館」内を訪ねる事もでき、大変貴重な経験をさせていただいた。

 2000年6月から約半年間、芭蕉布作家の福島泰宏氏が経営している芭蕉布工房(現在、沖縄本島の今帰仁村に移転し「染織工房バナナネシア」として知られている)で、週に1,2回ぐらいのペースで、芭蕉布織りの見学や糸づくりの体験ができた。離島での現地調査のとき、奄美大島では芭蕉布作家の中村忠夫氏の工房(旧紬館)、先島の西表島では石垣金星・昭子夫妻の紅露工房、竹富島では竹富民芸館を訪ね、それぞれの芭蕉布織りや糸作りの工程などを見学できた。2003年からは、夫の実家の畑で、沖縄本島の旧佐敷町と奄美大島でもらった糸芭蕉の子株を合わせて5本自分が育ててみた。それらの子株からあっという間に糸芭蕉の林ができ、芭蕉布作家の浅井由美子氏の指導のもと、自分の育てた糸芭蕉の繊維で糸採りまでの工程をし、自分の織物の緯糸に使ってみた。 この様な経験から、私の芭蕉布研究の初期段階で、芭蕉布の製造工程を見学・(部分的に)体験し、基礎的な情報を得る事ができた。

 その他首里織の伊藤峰子氏の染織工房「アトリエ ITO」では、2年間ほど、週1回のペースで、かつて首里宮廷で芭蕉布にも使われていた技法を絹糸で実習し、ある程度で実践的な体験を積む事ができた。自分の手織機で、経糸に絹糸、ラミー(機械紡績の苧麻)糸、綿糸など、緯糸に自分で栽培した糸芭蕉の繊維を使った布を織る実験もした。2004年の夏に沖縄県立芸術大学で開催された、原始的な腰機で織る講座に参加し、幸喜新氏や柳悦州先生が復元された沖縄の地機で織っている様子を観察した最後に、芭蕉布に関する研究論文を提出した後であるが、2007年の秋から半年間、沖縄県立伝統工芸指導所で、「真芯掛け」という糸括りの技法で経絣を研修した。

 この様に、自分で実際にいろいろな技法で織ってみたり、糸芭蕉を栽培してその繊維を採ったり、糸を作って織ってみたりする事で得た情報も多いに私の芭蕉布研究に役立っていると考えている。

研究調査結果

本芭蕉布研究の主な研究調査結果は英語の著書 The Origins of Banana-fibre Cloth in the Ryukyus, Japan(2007年出版)の Key findings related to the research questions(Part V - Conclusions, 261-268頁)に見られる。本書は2006年3月、ベルギーの大学で発表した博士論文に基づいている。

なお、各分野の最新研究成果を含める日本語版も準備中である。(現在2022年4月)